第32章 知らないフリをしよう
ただ、そんな楽しい毎日が少しずつ陰り初めたのはこの頃だった。
『あれ、・・・ないな・・?』
お母さんが洗濯してくれた部活用のTシャツを3枚、今朝確かに鞄に入れて持ってきた。その鞄を朝一にいつも部室に置いておくのだが、鞄の中のTシャツがいくら探しても1枚しかないのだ。
・・・これじゃ、着替え足りない。
どうしたものか・・・。
1軍に1年生は自分だけで、借りられるような仲の良い先輩はいない。正確に言えば、少し前までなら松野先輩に相談していただろうが、土曜日の試合のことがありなかなか声がかけにくいのが現状だ。
結果、教室に忘れ物をしたと部長に伝え、私は急いで隣の第2体育館へ向かった。
「花子、どうした?そんなに急いで。」
『赤司っ!ちょうど良かった。Tシャツ多めに持ってたりしない?』
「あるけど・・・どうしたんだ?」
男子はアップ中で、入口のそばにはタオルを首から下げた赤司がいた。遠目に真ちゃんがいるのも見えた。
『ちょっと、今日Tシャツ忘れちゃって、』
走って乱れた髪を整えながら答えると、赤司はしっかりしろよ、と私のおでこをコツンと軽く叩いた。
「部室行ってくるから、そこで待っててくれ。」
『本当にありがとう。』
部室から戻ってきた赤司に渡されたTシャツを2枚借り、足早に部活へと戻った。