第1章 あの頃
「あれ?エレンもエルヴィンに用かい?」
トレードマークである眼鏡の奥から、聡明な目がエレンを映す。
変人、変態と揶揄されることもあるマッドサイエンティスト気質のハンジだが、既存の視点とは異なる面で物事を考えることができる有能な人物だ。戦闘力もさることながら、知恵と行動力が、最前線で闘う調査兵団の大きな力となっている。
「あ、いえ。たった今報告が終わったところです。では...俺は失礼します」
再び下がろうとしたエレンに、エルヴィンが声を掛けた。
「エレン、君もまだ残っていてくれ。丁度ハンジが来たのだから早速、先の報告内容を共有しよう」
「何?なにかあったの?」
「はい。...親父の記憶で見た調査兵の男の正体についてです...」
ハンジのメガネの奥の瞳が軽く見開かれた。
エレンは事の顛末をハンジに説明した。驚いた様子のハンジだったが、エレンもハンジから新しい事実を聞かされるのだった。
「そうだったか...。訓練兵団教官シャーディスは、エルヴィンの一つ前の12代調査兵団団長だよ。私達も馴染みがある」
「え!?そうなんですか?」
「あぁ...でも彼ほどの経験豊富な調査兵が、訓練所に退いた理由は分からないんだよね...。成果を挙げられずに死んでいった部下への贖罪、だろうか...」
エレンはずっと、キースは教官として長い経歴を持つ人物だと思っていた。しかし、彼は元調査兵団団長だったのだ。確かになぜだろう、とエレンも理由を思案した。
「ハンジ、明日シャーディス教官のもとへ向かうのに、君も同行してくれるか」
「あぁ勿論だよエルヴィン。私も自分の耳で事実を聞きたいからね」
そう頷いたハンジの目には知的好奇心が滾っていた。人一倍好奇心の強いハンジには、誰かの報告ではなく、自分の五感で確かめたいという気持ちが強いのだろう。
「では...あとはリヴァイだが...」
「俺がお呼びしましょうか?」
「いいや、別件で呼んでいる。もうすぐ来るはずだろう」
リヴァイを待つ間、エレンは幹部3人が集まる空間に、自分一人だけいるのがなんだか不思議な心地がした。普段幹部が集まって話す場に、新兵は呼ばれない。女型の巨人陽動作戦の時のように、秘密裏に行う作戦もあるのだ。