第1章 あの頃
エルヴィンの執務室へと向かう廊下、その途中にある窓から見える空は、もうとっぷりと日が暮れ、真っ黒に塗りつぶされた夜空に白く輝く星がいくつも見えた。
執務室のドアまで歩みを進めたエレンは、ふっと息を吐いてから控えめに、トントンとノックした。
「入ってくれ」
中から落ち着いた返事が聞こえる。
「失礼します」
短くそう言ってからドアを引き、エレンは執務室の中に入った。
エルヴィンの執務室には無駄なものがない。入り口左に本棚、右にコート掛け、会議用と団長用の机と椅子があるだけだ。
最奥に置かれた椅子に腰掛け、エルヴィンは何かの書類を読んでいた。左手でめくり、左手で片す。彼の右腕はもうない。
ライナーとベルトルトがエレンを奪取する為、調査兵団に襲いかかったあの日__たくさんの兵士の命とともに、エルヴィンの右腕も失われたのだ。
「夜遅くに失礼いたします。父の記憶で見た調査兵の男の正体が分かりました」
「...本当か?」
書類から顔を上げ、エレンを見据えるエルヴィン。青い瞳が彼を映す。
「はい。...あれは現訓練兵団教官の、キース・シャーディスです。子供の頃、調査兵だったシャーディス教官を見たことを思い出しました。親父の記憶の男は...巨人襲来時当時のシャーディス教官だったんです」
「そうか...なるほどな」
エルヴィンは何かを思慮する素振りを見せる。彼の頭の中でこの事からどんな考察を生み出しているのか、エレンは全く分からなかった。自分よりもずっと多くのことを考えている人物である。彼の代わりをできる者は、そう簡単にはいないだろうと考えた。
「明日、シャーディス教官のもとを訪問してみようと思います。実際にお会いして話を聞けば、何かが分かるはずなので」
「あぁそうだな。あの日の君の父親を知る、重要な人物だ。それにはハンジとリヴァイも同行してもらおう」
「了解しました」
手短に報告を終え、退室しようとすると、ドアの向こうから新たな来訪者が訪れた。
リズミカルなノックとともに、返事を待たない声がする。
「エルヴィン、入るよ!」
ガチャリとドアを引いて入ってきたのは、調査兵団の分隊長、ハンジ・ゾエであった。高く結わえられた髪を揺らし、ズカズカと執務室に入ってくる。団長であるエルヴィンにこの態度を取れるのは、ハンジを含めた数名くらいである。
