第1章 あの頃
「...な、なんでしょう、悪寒が...」
「さっきまで普通だったのにな。風邪か?」
背を丸めて冷や汗をかき出すサシャに、エレンが心配そうに尋ねる。普段は元気そのもののサシャである。こんな姿を目にするのは珍しかった。
「おいおい...マジで大丈夫かよ。なんか変なもんでも食ったんじゃねぇか?」
「腐った芋でも食べたのでは?」
ジャンとミカサが心配しているのかどうか微妙な言葉をかける。すると、ミカサの発した言葉にサシャが反応した。
「い、芋...芋、うぅ...」
更に苦しそうに眉を寄せるサシャ。
皆目検討もつかないサシャの症状に皆が首を傾げたが、一人だけ、思うところがある者がいた。
「サシャ...もしかして、キース教官が...」
「うおああぁっ!!」
アルミンの声に、まるで発作のようにサシャが叫んだ。食堂にいる兵士全員が、何事かと振り返る。
「お、おいアルミン...どういうことだよ」
一層顔を青くさせるサシャに驚きつつ、エレンが恐る恐る尋ねた。
「...サシャは教官の名前が出たときから、いきなり顔色が悪くなっただろう?それにミカサの『芋』に反応したから...。
だからもしかして、訓練兵時代のあの事件がトラウマになってるんじゃないかって思ったんだ。それでもう一度名前を出してみたら...、案の定こうだ」
104期生屈指の頭脳派は、サシャの症状の原因を見事に突き止めていた。
そう、あの「蒸した芋です!」事件が、サシャの意識に調査兵になった今でさえ、根強くこびりついていたのだ。
「...そう言えばサシャは、よく教官室に呼ばれて絞られてたな...」
「いや、極めつけはあれだろ。訓練兵団入団初日の芋事件。遡ってみりゃ、あれが芋女と呼ばれる所以だ」
あの日の衝撃的な出来事は、104期生の誰もが覚えているであろう。齢15歳ほどの男女にとって、当時のキース・シャーディスは十分すぎるほどの恐怖であった。にも関わらず、緊迫した訓練場で一人、芋を食べ続けていたツワモノを忘れる者はいない。
いや、怖いもの知らずと言ったほうが正しいだろうか。
「や、やめてください...あの日のことはもう掘り起こさないでくださいよぉ...!」
必死の表情でジャンに懇願するサシャ。しかし掘り起こすも何も、皆の記憶にはしかと残っているのだ。