第1章 あの頃
「言ったはずだ、肉が食えるのは勇気ある兵士だと。
どんな任務でも臆せず遂行し、過去の恐怖心に打ち勝ち向き合える強い兵士だ。そんな奴でなきゃ、肉は食えんだろうな」
リヴァイの切れ長の三白眼がサシャを見据える。目に少しかかる前髪から覗くその瞳は、相手に本音を吐き出させるような迫力がある。見据えられたサシャは勿論硬直、先程までの笑顔はどこへ行ったのか。
「まぁ調査兵団にいて肉が食えるなんて、滅多な機会じゃねぇだろ。大切にすべきだと俺は思うがな...」
更に追い打ちを掛けていくリヴァイに、アルミンは心の中で思った。やっぱり裏があった、と。
キースのもとへサシャを連れて行くのにダシを使うとしたら、それは勿論食べ物である。しかもパンやスープなど、並大抵のものでは駄目だ。特別でないと___そこで肉。
よくこんなタイミングで肉が夕食に出るものだ、とアルミンは感嘆した。
「そ、っそんな...お肉はみんなが食べれるものじゃないんですか!?」
「皆食えるぞ。"勇敢"な兵士は皆」
「うっ...」
サシャは自分がリヴァイの言う"勇敢"な兵士には当てはまっていないのを自覚している。
彼女の実力や、リヴァイ班としての経験などを加味すれば十分な兵士であるが、昔から心底恐れていた教官に会うのを拒んだ瞬間に、彼女の兵士としての威厳はすっかり減退したのだった。
「別に肉が食いたくねぇんなら...」
「お肉食べたいですよっ...!!」
リヴァイの声を遮るようにサシャが苦悩の声を漏らす。
リヴァイも酷な人間である。要するに"肉"か"教官に会う"か、どちらかを選べと言っているのだ。
サシャはまた頭を抱えて悩みだした。
104期の彼女の同期たちは、ひたすら事の行く末を見守っている。
.....沈黙が続いた後
リヴァイの容赦ない視線の下でサシャが不意に顔を上げた。
そして___
「行きます...私サシャ・ブラウス、キース教官に会ってちゃんと話を聞きます!」
声を大きくしてそう言った。
彼女の目には迷い、ためらいは見えない。肉という強大なご褒美のために、自らの恐怖に立ち向かうことを決意したのだ。