第1章 あの頃
「お前、訓練兵時代キースによく絞られてたらしいな」
「...っな、なぜそれを!?」
大袈裟と言っていいほどのサシャのリアクションにも、リヴァイは表情を変えず言葉を続ける。
「俺は教官としてのアイツを知らん。だがエレンから聞いた話じゃ随分厳しくしてるらしいじゃねぇか。結構なことだ」
キースの鬼教官ぶりを、誰よりも間近で見てきたのはサシャである。本人無自覚な天然さと無鉄砲さが相まって、叱責の的となる毎日だ。もうその話はしないでくれと言った顔で、サシャがみるみるしおれていく。
「サシャ、お前は明日、キースのところに向かうのに同行するか」
リヴァイからの問いかけにサシャが固まる。
さあなんと答えるのか__
説得に努力したアルミンたちは、切実な眼差しでサシャを見つめている。その場にいなかったエレンは、予想のつかないサシャの答えの行く末を注視するしかない。
唇を噛み締め床を見つめ、固まったままの彼女の頭ではぐるぐると本音と建前が回りあっているのだろう。
「絶対に行きたくない、もう会いたくなかったのに」という本音。「数々の窮地をくぐり抜けてきた調査兵団の兵士として、教官にビビる気持ちを理由に任務を放棄すべきではない」という建前。
みんながサシャの答えに注目している。
するとそんな中リヴァイが一人、口を開いた。
「もし行くのが怖ぇんなら、行かなくていい」
「.....え?」
「別に人類の存亡がかかった戦いとやらじゃない。平たく言っちまえば、昔の団長に会って話を聞く、それだけだ」
思いもよらないリヴァイの言葉に、その場の兵士全員が唖然とした。たらたらと言い訳を垂れるものなら「うるせぇ、行け」と容赦なく言い放ちそうなものだ。
「ほ、本当ですか...?」
予想だにしない上官の言葉に、ただただ吃驚した表情でサシャが尋ねる。
「あぁ。実際明日は調整日だしな、無理に行かんでもいい」
「っ兵長...!!」
喜びの色を目に浮かべるサシャを見ながら、人類最強の男はこんなに優しかっただろうか...と疑問に思っている者がいた。
そう、アルミンである。