第5章 IH前
「さや…何やってんだこんなとこで」
「…なにも、してないわ
私、帰るっ…」
監督の言葉を思い出していた。
"バレたら大人しく女子バスケ部に入る"
(いやっ…まだ嫌なの…!
あのつまらないバスケに戻るのは、まだっ)
やっと楽しくなってきたバスケ
いつも近くにいるのに触れられない青峰
天秤にかけても
それはゆらゆら揺れて決まりそうにもない。
「ッチ、逃げんじゃねーよっ
……こっち来い!」
「だめっ…大輝!離してっ…」
ぐっと強い力で握られる手
自分に言い聞かせるように振り解けば
無理矢理にでも連れていくと言わんばかりに手首を掴まれた。
青峰はずんずん進んでいく。
いま天秤は確実に
この背中に全てを委ねる方へ傾いていた --------
「おら、座れよ。」
連れていかれたのは
駅から少し離れた桐皇近くの公園
寮に連れ込むのはまずいと思ったのか
さやの様子を気遣ったのか
いまのさやには、わかりはしない。
「ほらよ」
「わっ…投げないで大輝」
公園の隅にある自販機で
青峰は自分の分のコーラとさやの分のコーラも買っていた。
じっとコーラを眺めていると
青峰がどすんっとさやの隣に腰をかけた。
「…コーラ好きだったよな?
まさかここ数ヶ月で好みが変わった
なんて言うんじゃねーだろうな」
「いいえ、好きよコーラ
ありがとう」
「どーいたしまして」
ただ少し考えてしまっただけだ
一体いつコーラを好きになったんだったのか と。
青峰は何も言わない。
いつもはあんなにくだらない事ばかり話すのに
いざ久しぶりに会うと
何も言わない。何も聞かない。
「…話、しないの?」
「あぁ?…てめぇが話したくなったら聞いてやるよ」
「っ……。」
大輝はいつもそうだ。
今は大輝の番じゃないと態度で示すのに
勝手に引き寄せて、掻き乱して
そのくせ小動物の様に震えながら
嫌われるのを怖がっている。