第2章 真夏の邂逅
「悪かったな」
バツが悪そうな表情を見せる彼に、の胸が痛む。助け舟を出して呉れた人に投げつける言葉ではなかったかと、合わせる顔がなく、は目を逸らして、苦し紛れに言葉を紡いだ。
「男の人に声をかけられたのが初めてで、断り方が分からなくて」
美人でもないし、詰まらないしと、言い訳ばかりが口を付いて出る。情けなさに涙が出そうだ。神妙な顔で黙り込んでいた彼は、途中から口をへの字に曲げて、を見下ろしていた。
「手前を見て、男が如何いう反応するか、試してやろうか」
突然響いた凄みのある声に驚いて、弾かれるように見上げた彼の目に、色とりどりのネオンが反射して輝いている。彼が一歩近づく度に水面が揺れ、キラキラと光って眩しい。
後ずさるの足を掬われ、股の間に滑り込んだ彼の下半身が押し付けられる。壁に追い詰められて、密着するように腕を回されると、水の浮力で両足が浮いてしまう。未だかつて経験のない、恥ずかしい体勢に、火が出ているかと思う程、顔面が熱くなる。全身が心臓になったかのように脈打っている所為で、上手く呼吸できずに、は肩で息をする。
の耳元で聞こえる其の人の呼吸は荒く、獲物を狩る獣のように熱を帯びていた。押し付けられた下半身から伝わる彼の性的衝動に戸惑って目を向けると、絡み合った視線を辿って、接吻が降り注ぐ。抵抗しようと持ち上げた両手は、暑さで溶けた氷菓子のように、力なく彼の首筋をなぞるだけだった。
「手前は…逃げねェのか?」
逃げるという言葉が、ひたひたになった脳内で木霊する。此の数日間、精神の奥底に蓋をして閉じ込めていた現実を、叩き起こすような響きだ。
「逃げようとした人たちは、生きてるの?みんな死んでしまった?」
熱で上ずった声で問う。組織の制裁の中、逃げ延びた人間がいるのなら、教えて欲しい。そもそも逃げた所で行く先もないは、其の逃げる足さえない。
「抵抗する奴は死んだ。其れ以外は拿捕した。其の中でも優秀な奴は、組織に再編成される」
突きつけられる現実と事実に、溶けた思考が滴り落ちる。見えない振りは、もうお仕舞いだ。
「手前は、どうする」