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【文豪ストレイドッグス】中原中也短編集

第2章 真夏の邂逅


プール利用不可という苦行から解放されたのは、其の日の夜の事だった。は何時ものように、右手に浮輪を、左手にバーのテイクアウトカクテルを、それぞれ大事に抱えて外へ出る。日は落ちて久しく、行楽地らしいネオンが所狭しと輝いていた。数日前までは、似たような人間がたくさん居たというのに、ガラの悪い連中の所為で、今や人っ子ひとりいない。寧ろ従業員が逃げ出さずに営業を続けている事を、流石は高級宿と褒めるべきところだろうか。

プールサイドへ向かう大階段の踊り場に出ると、驚いた事に、人が居る。ほんの一瞬、未だ一般客が残っていたのかと目を見開くが、其の真っ赤な上着に見覚えがあり、直ぐに目を細めた。

ガラの悪い連中でも、上部の人だ。昼間に見かけた時と変わらない、目付きの悪い面構えで、其の人はを見下ろす。真っ赤な上着の隙間から、無駄な贅肉を全て削ぎ落としたような筋肉質な上半身を惜しげも無く晒す姿は、常時であれば、さぞ女性たちの黄色い歓声を浴びただろうと、は緊張感の欠片もない事を考えた。

「手前は…」

何かを言いかけたところで、彼の言葉は一時停止する。怪訝な顔での格好を頭の先からつま先まで見渡して、一呼吸の後、やっと言葉の再生ボタンが押されたようで、続きが流れ始めた。

「…また海に行く算段か?」

思いも寄らない質問に、もまた、怪訝な顔で答える。

「…こんな時間に?」

互いに顔を見合わせて、会話の呼吸が合ってないなと、首を傾げた。怪訝な顔で見合っていても仕方がないので、は大階段の上を指差して海ではない事を告げた。

「こっちにプールがあって…」

が云い終わらないうちに彼は振り返り、プールか、と大階段を上り始めてしまった。階段の一番上で、夜用にライティングされたプールを見たと思わしき彼が、を振り返って笑った。

「悪くねェな!」

真っ赤な上着を、ぴゃっと音がしそうな脱ぎ方をして、其の場に投げ置く所までは、見えた。瞬きをする間も無く、大階段の向こうで、大きな水飛沫を上げてプールに飛び込む音が響き渡る。元気な人だと、は彼の後を追って、もそもそと階段を上った。
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