第4章 太宰のくるみ割り人形
Tempo di Trepak, Molto vivace
酷い暴風雨だ。ともすれば飛ばされてしまいそうな風に、は身体をくの字に曲げて、荷物を抱き抱えた。太宰から指示された刻限まで後1分。場所は間違いない。
大型台風接近の折に太宰の口から飛び出た言葉は、耳を疑うものだった。1時間後、指定の場所に、昨日書き上げた資料を持って待機。現地にて次の指示を待て。
既に暴風域に突入しているにも関わらず、電話の向こうの上司は、何時も通りの口調で、何時もと変わらない指示を出す。返事をする間も無く切られた電話の、電子音が物悲しさが耳に残っていた。
「やあ、クリスタ。家出なんて困った子だね。さあ僕らの家に帰ろう」
台風の中ご苦労な事だと思う程にずぶ濡れの男が、の背後に立っていた。勿論ずぶ濡れなのはとて変わらないが、最近に付き纏っては執拗に迫る男のみすぼらしさたるや、恐怖を覚える程だ。
「何度も申し上げましたが、私はクリスタではありません!」
の言葉に、仕方のない子だと、男は両腕を広げた。異能の発動かと後ずさりし身構えた時、まるで弾丸のような何かが男の四肢を打ち抜く。痛みに崩れ落ちる男を、黒い帽子が見下ろしていた。
「人ン家の前で騒ぐんじゃねェよ!」