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【文豪ストレイドッグス】中原中也短編集

第2章 真夏の邂逅


黒蜥蜴と中也には未だ仕事が残っており、標的が海に漂う其れであると知ると、部下たちは一様に顔を見合わせたが、中也に手を出すなと凄まれてからは、揃って竦み上がり、引き下がる。

如何すれば彼女を引き入れられるのか。夜まで考えても名案など浮かびはしない。身寄りもなく、友人や同僚を案ずる気配もない。ましてや社に忠誠心を持つ訳でもなく、金に困っている様子もない。単純に脅して生死を選択させた場合、死を選ぶ危険すらある。

中也は、海岸に面した大階段から、何を考えているか分からない彼女の浮いていた海を眺めた。日も沈んで久しく、生温い海風が暗く横たわる潮から中也に纏わりつく。熱帯夜の香りがすると大きく夜気を吸い込み、目を瞑った時、屋内に続く扉が開いた。

驚いたことに、件の女が浮き輪を大事そうに抱えて立っている。中也は、昼間とは意匠の違う彼女の水着をまじまじと眺めて、海に漂う姿を思い浮かべた。正直な話、俺はこっちの方がと、非常に間の抜けたことを考えていると、また海に行くのかと、非常識な言葉が口から溢れ出てしまった。

怪訝な顔で互いを見合わせたが、彼女の顔を見ていると、無駄に頭を悩ませているのが馬鹿馬鹿しくなり、中也は立案の為の思考を全て投げ出した。女が階段の上を指し示して、プールがあると云うので、其れに従う。此れが立原の云っていた、毒気を抜かれる気分かと笑って、水たまりに飛び込んだ。

暑さで熱を持つ肌に、ひやりと冷たい水が心地善い。たっぷりと遅れて着いてきた彼女が、プールに真っ逆さまに落ちた時、中也は何事かと驚いて、顔を上げた。頭からずぶ濡れになった彼女が、ブクブクと泡を吐きながら浮き輪の端を掴み、引き寄せるが、浮き輪から手が滑り再び水に沈む。

思い浮かぶ限りの知人を総出で駆り出したとて、他の追随を許さない鈍臭さに、中也は唖然とした。此の愚鈍さで、よくぞ此所まで生き抜いたと僅かな感動すら覚える。彼女の手を取って浮き輪に乗せてやると、其の身体から、幾多もの雫が滑り落ちた。濡れた身体に、色とりどりのネオンが反射して、輝いている。

「此れで良いか?」

不可思議な浮遊感に驚いて、目を白黒させた侭、彼女は小さく頷いた。
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