第2章 真夏の邂逅
此れは酷いと、アロハシャツは険しい表情を見せた。其れでも彼は室内に踏み込み、使えそうな資料を持ち出す。遺体の横で行われる、無情にも見える其の作業を、中也もまた、険しい表情で見つめた。
「薄情にも見えるかもしれませんがね、俺たちは研究開発さえできれば何処だっていい。仕事中に研究室で死ねるなら其れも本望です。まぁ、偶には休暇でも貰えたら、嬉しいですよ」
目の前の惨劇から目を晒すように、アロハシャツは徒口を叩く。其の現実逃避を不憫に思ってか、中也は考慮してやると話に付き合った。
「博士が死んでしまったとしても、後継者は生きています」
作業の手を止める事なく、彼は中也に情報を与える。後継者らしき者など聞いたことはないと社員名簿を取り出したが、其れには載っていないと、彼は名簿を否定した。
「博士が大学の研究室から引き抜いた麒麟児です。彼女の論文は全て博士の名義で出され、名簿にも残されていませんが…博士の研究の七割を理解し、最新の水爆の設計図は、全て彼女の頭の中にありますよ」
其の後継者とやらも高級宿で休暇中だと云うので、大凡、社内に残る死体の山を漁るよりは、黒蜥蜴が向かった宿に合流すべきかと中也は思案する。どうせ反抗してきた社員はもう片付け終わった上、目ぼしい資産は奪取してしまった。
高級宿の状況確認のために携帯端末を取り出すと、立原からの不在着信に気がつく。丁度佳いと掛け直すと、コール音を二回と待たずに繋がった。
「上層部の使えない奴らは、ジーサンが全部片付けちまいましたよ。一人だけ、社の宿泊者なのに名簿に無い奴がいたから、銀に見張らせてますけど…確保しますか」
語尾を濁す立原に何事か尋ねると、其の女は、日がな一日中プールに浮いているだけで、逃げる素振りも無いと云う。逃げるようなら確保しろと伝えて、中也は通話を切った。
「…博士の安否が分からない以上、彼女は逃げませんよ」
話に割り込むアロハシャツに、中也は続きを促した。博士が捕まらない以上、其の女を確保するに越したことはない。
「彼女の父親を、施設の整った病院に入れる事を条件に、博士は彼女を入社させました。体の良い人質ですよ」