第22章 となりの黄瀬くん*back ground
勉強を終えた俺たちはお茶を囲んでいた。
なんとなしに気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば千昭っち
どうして今は『涼太くん』って呼ぶんスか?」
「え?」
びっくりしたのか 彼女はカップを持ったまま固まる。
「呼んでほしいっス 昔みたいに
涼太、って」
彼女に顔を近づける。
目元に長いまつげの影が落ちる。
懐かしく どこかあたたかいかおりがした。
「りょ 涼太…」
顔を赤く染めながら俺の名前を呼んだ公子っち。
抱きしめたい衝動をぐっと抑えて 俺も勇気をだす。
「よくがんばりましたっ
おりこうさんっスよ ハム子」
「!? ハム子って私の昔のあだ名…
涼太呼んでなかったじゃん」
「ずっと呼んでみたかったんスよ
かわいいじゃないっスか ハム子♪」
何年も前から 呼びたくてたまらなかった。
特別なものが欲しかった。
心の中では何度も呼んでいたのに
実際に口に出そうとすると こそばゆい気持ちになる。
「っ…」
「なーに赤くなってるんスか ぎゅうしちゃうっスよ?」
「! 何言ってるの ばかっ」
「それより今日もう遅いし 泊まっていってもいいっスよね?」
「それはだめ!」
ほらもう遅いから、と半ば強引に家を出される。
「また来るっス おやすみハム子」
彼女は恥じらいながら
またね、とちいさく手を振ってくれた。
やらかしたかな と少し思ったが
後悔はしていないし うれしくてたまらない。
毎週水曜日 夜7時から9時まで。
彼女に会えるこの時間が何よりも待ち遠しい。
テストが終わったらデートに誘ってみよう、と
満月に照らされる道を歩きながら考えた。
end**