第8章 甘い蜜の、対価、代償
「花!」
優生の足音が、早足で聞こえる。
「大丈夫?……花になんかした?」
肩がそっと抱かれて。
後半は低い声。
私に向けられたものじゃ、ない。
「ち、がうの」
「え?」
駄目。
ここで今、正直に全部話されちゃったら。
『あいつには、もう会わないで』
駄目。
嫌われちゃう。
離れてく。
「あ、あの私……」
必死でこの状況を打破する言葉を探すけど。
アドレナリンが出すぎちゃってるせいかなんにも浮かばない。
長引けば怪しまれちゃうのに。
「あの、ね」
「彼女さん、さっきトイレから出てきて倒れそうだったんで、思わず支えるのに触れちゃったんです。すみません」
え。
被せるように出てきた彼からの言葉。
思わず見上げた彼は、さっきとは、全然顔つきが違って見えた。
「すみません、綾瀬さん、呼びにいこうとも思ったんですけと。具合悪そうだったので」
「いや、そっか、悪かった」
『大丈夫?』
って、優しい言葉がかけられて。
頷くしか、出来ない。
「顔色ほんと悪いな、大丈夫か?」
「酔っちゃったとかですか?」
「いや、酒は飲んでないから、花?」
「……………大丈夫」
大丈夫。
いつもどーりすれば、大丈夫。
顔をあげて、笑顔を見せて。
いつもの花に戻れば、優生だってなんとも思わない。
不倫なんかしてない。
二股なんかじゃない。
怯えるから、つけこまれるんだ。
ビクビクするから、怪しまれる。
大丈夫。
堂々としてれば、平気。
「少し、人に酔ったみたい。戻ろ?」
「帰る?」
「大丈夫だよ?優生は、どーしたの?」
「遅いから、様子見に来ただけだから。もう平気?」
「うん」
笑顔で武装して。
戦う準備は出来てるよ?
花の武器はこの笑顔だけだから。
心の中を隠すための武器は、笑顔しかないから。