第7章 『混濁』
「あー、美味しかったぁ。しーちゃん、ごちそうさま」
「花が喜ぶなら、なんでもするよ」
笑顔でさらっと、優生と同じことをしーちゃんが言った。
同じ言葉、なのに。
この温度差は、なんだろ?
「花?」
「なんでもないよ?」
「明日仕事?」
「うん」
「帰る?」
「…………帰る、よ?」
「じゃ、帰る、か」
「うん」
車までの僅かな距離。
しーちゃんの左手が、右手に絡み付いてきた。
絡み付いてきた左手を握り返すと、しーちゃんも強く握り返してくれて。
指輪の感触が、強く伝わって、きた。
握り返す手のひらはすごく温かいのに、指輪の感触だけ冷たくて。
その温度差が、現実に引き戻す。
無言で凍りついた花の反応にしーちゃんが気づかないわけなくて。
でも。
しーちゃんも何も言わずに、右手を握る左手に力を入れた。
「………………え」
助手席に乗り込もうと手を放そうとするけど。
手が、離れない。
「しーっ」
振り向いて見上げたとたん、灯りが遮られた。
「しーちゃ…………」
疑問を口にするより先に、唇に答えが、降ってきて。
反射的に瞳をぎゅーっと閉じる。
しーちゃんの大きな車が、まわりからいい感じに隠してくれてるとはいえ。
ここ、駐車場。
近くまできたらすぐに見つかっちゃう。
なんとか両手でしーちゃんを押し退けようとしても、全然意味もなくて。
私の意思とは反対に、どんどん深くなっていく口づけ。
知り合いに見つかる可能性は低いからって、こんなとこさすがに見られたくない。
誰かが駐車場まで来たら、って思うだけで無理。