第7章 『混濁』
私の知らないしーちゃんの、生活感。
まとわりつく空気が、全て生活を表している。
「しーちゃん」
「ん?」
片手を口元に、片手でハンドルを握るしーちゃんのくせは、一緒。
赤信号で停まると、いつもしーちゃんはそうやって前を向いてた。
「なんで、跡つけたの?」
車を片手で走らせながら。
しーちゃんは何も言わずにハンドルを握ったまま。
運転してるしーちゃんの横顔を見てるのは好き。
よくこーやって、横顔見つめてた。
「そんなに見られると溶ける」
そう言っていつも笑ってたよね。
いまも、花の視線気付いてるんでしょ?
気付いてて、知らないふりしてるんだよね。
「いつもしなかったよね、そんなこと」
『自分』の存在を主張するなんてこと、しなかった。
私に彼氏がいてもいなくても、しーちゃんは『自分』の存在を残すことはなかった。
「なんで?」
「さぁ?」
前を向いたまま、しーちゃん。
「喧嘩した?」
「したよ」
ぶく、と膨れて見せれば。
隣でしーちゃんが笑った。
「何もしないって、言ってたのに」
「二次会では何もしてないじゃん」
「でも、バレてたよ?」
「だろーね」
「わざと?」
「じゃ、ないけど」
前を向いたままハンドルを握るしーちゃんは、さっきから花を全然見てくれない。
「すれ違った時、なんかいきなり睨んできたし」
『同じ匂いさせて』
そう、優生言ってた。