第6章 嘘と隠し事の、境界線
「ん……」
目の奥に差し込んでくる光に。
まだ重い瞼を頑張って開けると。
「おはよ」
いつもどーりの優しい馴染みのある、声。
まだまだだるい体を起こすことは諦めて、顔だけまわして、あたりを見る。
「大丈夫?」
ベッド横の大きな姿見で出勤の準備をしてる優生の声に促されて。
声のした方に視線を向けた。
「………こ、こ」
!?
声。
でない。
言葉を発しようとしたその唇は、声、という武器を失って、ひどすぎる発語しか出せないし。
肝心の喉は、全くもって役割を果たしていない。
「すっげー声」
笑いながら、ベッドに腰かける優生の重みで、ベッドが軋んだ。
「俺の部屋だよ」
優生は頭のてっぺんにキスをふらせたあと、そう言って微笑んでくれて。
「ごめん、理性飛ばして、酷いことした」
目の前で深々と頭を下げる優生の姿に、徐々に記憶が甦ってくる。
と同時に。
顔から音が出るくらい、真っ赤に染まったのがわかった。
「花、寝ちゃうし。俺も仕事の時間あったから、こっち連れてきて寝かせてたんだよ。今日はここでゆっくりしてて」
「ゆ、うは?ね、た?」
「俺は大丈夫だよ、まだまだ若いから」
せめてご飯だけでも作ろうと、上体を起こしかけたとたん。
腰に酷い激痛。
「今日は、無理しない方がいいよ、ほんと、ごめん」
謝られれば謝られるほど、恥ずかしい。
出来れば記憶こどなくなってて欲しかったです。
布団の中に頭まで潜り込ませながら。
「い、て、らっしゃ、い」
くぐもった声で、それだけ答えると、笑いを堪えてる優生の、声。
どんどん布団の中の温度が上がっていくのがわかる。
はじめて夜をともにしたわけでもないのに。
恥ずかしくて恥ずかしくて、今すぐにでも抹消したい、記憶。
今すぐにでも、消えてしまいたい。
「行ってきます」
布団の中でひとり悶々としていると、玄関の締まる音と一緒に、ガチャン、て。
重い音がして、鍵も締まった。