第1章 夜暁
「また、来るよ」
「うん」
ベッドから抜け出せないあたしに合わせて。
着替えを早々と済ませた彼は、屈んで、最後に、自分の体温を私の唇に残していく。
夢の時間は終わりだと。
私に目覚めのキスをするんだ。
「じゃぁな」
玄関からそっと音を立てずに出ていく彼をベッドの上から見送ったあと。
ベランダへと続く、窓を開けた。
そんな私の行動をわかったように。
車に乗り込む前に彼は1度、私を振り替える。
そして。
にっこりと微笑んでから、車に乗り込むんだ。
そろそろ夜が明けそうな空を見上げれば。
空にはうっすらとまだ、月が残っていた。
今日は、暁月夜だ。
夜中には闇となる、暁闇と違って。
真っ暗な闇夜に照らすたったひとつだけの光。
そのまま明け方まで残る、暁月夜。
私は、この空が一番大好き。
消えずにいつまでも存在を主張するのは、何のため?
何のために、闇夜を照らしてくれるの?
太陽の光は、私には眩しすぎるから。
闇夜に浮かぶ、大きな大きな月の光が好き。
毎日毎日、同じ姿を見せてくれる太陽よりも。
毎夜毎夜、姿を変える不確かな月。
そんな不確かな存在が、私にはちょうどいい。
確かな約束なんていらない。
約束された、光なんていらない。
うっすらと姿を残す、暁月が、大好き。
もうすぐ。
夜が明ける。
夢から、覚めなきゃいけない。
夜暁。
私はこの瞬間が。
一番嫌いだ。
月野 花。
25歳。
今の私に、太陽の下を堂々と歩く権利なんかないんだから。