第6章 嘘と隠し事の、境界線
「……………あいつと、なにしたの?」
シャワーの勢いが止まって、顔をあげると。
水しぶきを自分の背中で遮りながら、壁に両手を凭れかける優生の姿が、真上にうつりこんだ。
「何、した?花」
「……っ」
見上げた優生の表情がほんと無表情で。
それがすごく、怖くて。
座り込んだまま、立ち上がることもできずにその場で必死で首を降った。
「ならなんで花から男の匂いするの?」
私の濡れた髪を両手で耳にかけてくれて。
私に合わせてしゃがみこむ優生の姿を、ただ視線で追うことしかできない。
「……にお、い?」
「これ、彼の香水でしょ?すれ違った時に気付いたよ。普段花から香水の匂いなんてしないから」
「………………っ」
声は優しいのに、目が冷たい。
温度を全然感じない。
「花」
シャワーを止めて、私を抱き起こしながら壁際に追い込むと。
優生は逃げられないように壁に両手ついて私を腕の中に囲った。
ポタッポタッって。
優生の濡れた前髪から水滴がこぼれ落ちる。
「嘘、つかないで」
今にも崩れ落ちそうになる私を、優生の右膝が邪魔をする。
逆を言えば。
両足の隙間に滑り込んだ優生の右膝がなければ、立っていられない。
先程重みを増したドレスが、冷たくなって体温を奪っていく。
「…………………キス、した」
声が、震える。
冷たくなったドレスに奪われた体温のせいなのか、優生の凍えるような視線のせいなのか、わからない。
声だけじゃなくて、体の震えが止まらない。
「『した』の?『された』の?」
強引に『された』わけじゃ、ない。
明らかに、同意のもと。
「…………………………『した』」
なんで、『された』って言わなかったのか。
なんで、嘘をつきとおさなかったのか。
自分でもわからない。
ただ怖くて。
私の知らない優生の表情に、頭がパニックになってたんだ。
何も考える余裕が、なかった。