第2章 朔
「なんで?」
「しーちゃんのことが、わからない」
今まで。
大事に大事にしまってた何かが。
一気に崩れ落ちた。
足元から一気に真っ暗闇に、落ちていく。
「これ以上しーちゃんのそばにいたら、壊れちゃう」
もう自分に嘘をつくの、疲れた。
しーちゃんを信じるの、疲れた。
『結婚する』
『子供出来た』
『もう、した』
なんで全部、事後報告なの?
花は、当事者じゃないの?
『ちゃんと付き合おう、花』
嬉しかったのに。
すごくすごく、嬉しかったのに。
「…………花」
「……や……っ」
また、近づいてくるしーちゃんから、唯一動く顔だけを目一杯動かして、唇を噛み締める。
花にできる、精一杯の抵抗だ。
「花は、俺がいなくて生きていけんの」
「…………」
手首にかかっていた圧迫がなくなって、軽くなるのと。
降ってきた声が同時で。
しーちゃんから顔は反らしたままで、ゆっくりと瞳を開く。
生きていけない。
しーちゃんのそばにいないと、呼吸の仕方も忘れそう。
しーちゃん。
しーちゃん。
しーちゃんがいないと、花は生きていけない。
だけど。
しーちゃんのそばにいたら、私は壊れちゃう。
だめになる。
「俺なしで、生きていける?」
涙が止まらない。
しーちゃんがいなくなるなんて考えただけで無理。
そんな日が来るなんて、考えたことなかったから。
自分からしーちゃんを手放す日が来るなんて、思ったこともなかったから。
でも。
だけど。
小さく、コクン、とだけ。
頷く。
言葉にしたら違う言葉が出てきそうだから。
短く頷くので、精一杯。
「わかった」
途端に。
重みがなくなった、体。
ベッドのスプリングが軋む音だけが、やけに耳響いた。
「ばいばい、花」
その言葉を残して。
玄関の重い音を響かせながら。
しーちゃんは花の前から、いなくなった。