第1章 馴れ初め
「降ろしてくださいミスタ・ラインヘルツ!もう歩けますっ!」
「落ち着きたまえハヅキ。もうすぐ君の店に着く」
「離してください……!」
「それはできない」
なぜ!
ミスタ・ラインヘルツは暴れる私をいとも容易く腕の中に閉じ込める。
強盗事件があったカフェからは随分と歩いたし、もう降ろしてくれても良いというのに。
いくらここが何でもありのヘルサレムズ・ロットとはいえ、お姫様抱っこをされながら大通りを歩くのはすごく視線を感じる。
堪らない羞恥心で恨みがましく彼を睨むが、彼は気にするそぶりもなく歩き続けるのだ。
…はやく私の店に着くのを願うばかり。
「ハヅキ、君の店に着いた。鍵をお借りしても?」
「……これです」
店に着いたのなら降ろして頂いてもいいんですけど。
彼は片手で私を抱え直すと鍵をまわし、店内に入ると、椅子に私を座らせた。
「ミスタ・ラインヘルツ、助けて頂きありがとうございました。なんとお礼を言えばいいのか……」
「礼には及ばない。ハヅキが無事でよかった。それに、私も君に助けられた」
「私は結局何もできてないですけどね」
「結果がどうであれ、君が私を守ろうとしたという行為には変わりない。改めて、礼を」
ミスタ・ラインヘルツは自然な素振りで片膝をつき私の手をとると、手の甲に1つキスを落とした。
思わず手を引こうとするが、彼は強く握り直し手を引くことを許さない。
エメラルドの瞳が熱を帯びながら私を見つめる。
きっと私の顔は真っ赤に染まっているのだろう。
彼はそんな私を少しの間見続けたあと、ふっと微笑むとようやく手を離してくれた。
こんな小っ恥ずかしいことをしても彼は余裕の笑みである。
「と、とと突然なにするのですかミスタ・ラインヘルツ!」
「クラウスと、」
「えっ?」
「先程礼には及ばないと言ったが、撤回する。礼の代わりとして、今後私のことはクラウスと呼んで頂きたい」
挙動不審になりながら先程の行為について問う私のことは流しながら彼は告げる。
エメラルドの瞳はイエス以外は認めないと、そう語っているかのように見えた。