第1章 馴れ初め
エメラルドの瞳は断りの言葉に、とゆらりと悲しく揺れた。
ぐぐ、とその瞳に罪悪感を覚えるが許してほしい。
そして、毎日断っているのだからいい加減諦めてほしいものだ。
「残念だ、ミス・ハヅキ。また後日誘わせていただくとしよう」
いやもう誘って頂かなくて結構です。
私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、このやりとりを何度繰り返してもミスタ・ラインヘルツは諦めないのである。
「ミスタ・ラインヘルツ、他にご用件は?」
「本日は失礼させていただきます。助言いただき感謝いたします。よろしければこれを」
「ありがとうございます、綺麗な薔薇ですね」
ミスタ・ラインヘルツから差し出された薔薇を受け取る。
腕いっぱいの花束を抱えると華やかな香りが広がる、ローズの良い香り。
思わず花束に顔を埋めると彼が嬉しそうに私を見つめていた。
「すごい良い香りです。お店に飾らせていただきますね」
「喜んでいただけて光栄です、ミス・ハヅキ。貴女には花がよく似合う」
花が似合うのは貴方のほうですよ、ミスタ・ラインヘルツ。
彼のことは詳しくは何も知らないが、その出で立ちからはどこか気品に溢れたものを感じる。
品位というのか、見た目とは裏腹に彼の物腰はすごく柔らかい。
「…あれ、ミスタ・ラインヘルツ。ちょっと待ってください。腕を怪我されてませんか?」
「ああ、先ほど敵に…。いえ、この程度でしたら大丈夫ですのでお気にせず」
「駄目です、ミスタ・ラインヘルツ。そこに座って腕を捲ってください」
敵?思わず首を傾げると、彼はあわわと戸惑いながら言葉を濁した。
まあここはヘルサレムズ・ロット。どこにでも敵とは言っても可笑しくないような輩が沢山いるから、そいつらに遣られたのだろうか。
私は赤髪の彼を強引に椅子に座らせ、店の奥から薬箱を持ってきた。