第1章 馴れ初め
「心配をかけてすまなかった、ハヅキ」
「気にしないでください。むしろ、ご体調が悪いのなら本日は帰られたほうが…」
「その必要はない。もう大丈夫だ」
彼はきっぱりと断ると紅茶を一口啜る。
先程までは胃の辺りを痛そうに押さえていたが、今ではもうご機嫌な様子でお茶を楽しんでいる。
念のためもう帰った方が良いと思うのだけど彼が大丈夫というのなら、まあ良いのであろう。
「そういえば、クラウスさんはどんなお仕事をされてるんですか?」
「世界の均衡を守っている」
「え?世界の均衡?」
「うむ」
「…あー、すごいですね」
ふざけているのかと言いたくなる回答に驚くが、赤毛の紳士はどこか誇らしげな顔をしている。
世界の均衡を守るとは一体なに?なにかの仕事の比喩表現?
頭の中にたくさんの?が浮かんだけど突っ込まずに曖昧な返事をする。
もしかして突拍子もないことを言ったのは、本当の職業を誤魔化したいからではないだろうか。
そうとしか思えない返事には戸惑ったけど、わざわざ深入りしても良いことなどないだろう。
届いた料理を口に運びながらこの話はこのまま流すことに決めた。
「ハヅキはいつからお店を?」
「1年くらい前からです」
「なぜこのような危険な街を選んだのかね?」
食事を続けていると次はクラウスさんから質問があった。
ヘルサレムズ・ロットに住んでいる理由、ねぇ…。
「…異界産の植物にとても興味があったからです。人間界では見たことない巨大な木や鮮やかな花がたくさんあるので、それを私の手で育ててみたくて」
「異界産の植物に魅力があるのは理解できる。しかしそれだけの為にHLに?」
「何に重きを置いて行動するかは個人の自由ですよ、クラウスさん」
さすがに異界産の植物を育てるのだけを目的にこのヘルサレムズ・ロットに住んでいる訳ではないが。
しかしこれ以上語るつもりは一切ない。
エメラルドの瞳の彼はまだ何か言いたげではあったが、それ以上無粋な追求をすることはなかった。