第4章 人間性の拠り所
人間性を捨てると決めた血染ちゃんは結果的に、断罪の象徴である「スタンダール」を作り出した。血染ちゃんという人間を一人消し去って、彼は此の世に存在していた。
スタンダールは断罪と称して人を襲う。その殆どが、正直に言って屑だった。個性を使っては人を傷つけ、命までをも奪う犯罪者達。オールマイトの目には届かない、ミニマムな世界の破壊者。スタンダールはそれらを許さず、罪を罰した――――時に、その命を以て。
そう、スタンダールとなった血染ちゃんは、人を殺すこともあった。他者の血に濡れる体の震えは、死者が両手の指の数を超えた頃に失った。正義という「強迫観念」は人の感情を殺すに十分な劇薬で、この世界から「正義の為」の争いが無くならない理由が分かった。
それから、数年の後。血染ちゃんの両親が亡くなった。真夜中に心臓発作を起こし、朝に目を覚ました血染ちゃんに見つけられた。
中学校では毎日のように呼び出され、高校を中退した血染ちゃんを、それでもおじさんとおばさんは愛していた。愛されていた血染ちゃんは、家族の前でだけは「赤黒血染」だった。二人のお葬式は、密葬でひっそりと行われた。
「……血染ちゃん、ご飯は?」
お葬式の夜。私はおにぎりを手に、血染ちゃんの隣に座った。ふと気づけば、彼の背は私より高くなっていた。
「血染ちゃん。おにぎり。何を置いても、食べないと駄目だ」
お父さんからのお下がりだろう、黒のスーツを身に纏った血染ちゃんは、私が差し出したおにぎりを一つ手にし、口にした。具を何にしようか迷った挙句、何も入れなかった塩おにぎりを齧って、血染ちゃんは呟く。
「白。俺を人間たらしめる楔は、とうとうお前だけになってしまった」
「……そうだね」
「人間性を、捨てると言いながら。俺はそれが、少しばかり、恐ろしい」
血染ちゃんの瞼から涙が零れて落ちた。音もなく落ちる透明な雫は、仏壇の傍に置かれた灯篭の光を映して、とても綺麗だった。
「俺が人間であることを、証明してくれるか、白」
今までどれ程の屈辱を味わおうと涙を見せなかった血染ちゃんが、自分の「人間性」に縋って泣き出した姿を、私は永遠に忘れないだろう。
「……当たり前だ、血染ちゃん。私は君の幼馴染だ。君が人間であることを、一生をかけて証明しよう」
無垢な友情を模して口にした呪いは、こうして血染ちゃんの命を縛ったのだ。
