第2章 奥山
そう言うと、菖蒲様は一度目をゆっくりと閉じる。
再び開いた目には、しっかりと強さを宿していた。
「そうですね。不安な顔を私がしてはなりませんね。
信じましょう。
侑那さん、来栖、ありがとう。
このまま、奥山駅へ向かいましょう。」
「あと一つ、山を越えれば奥山駅です。
この山はかなり険しい。酷く揺れるでしょうから、お気をつけて。」
そういったそばから、激しく駿城が揺れる。
よろめく菖蒲様を、慌てて支えた。
無理やり山を開拓して作った線路なのだろう。
その先にある奥山駅は、どのような駅なのか。
「どうか、奥山がしっかりした駅でありますよう…」
祈るような菖蒲様のお声。
皆が口には出さないが、同じことを祈っている。
「一度、外の様子を見てまいります。山越えは危険を伴いますから。」
俺は菖蒲様に頭を下げる。
急な階段をのぼり、扉の隙間から外の様子をうかがう。
黒い布をかぶせたかのように、漆黒の闇だけが広がっている。
灯りも何もない夜は、こんなにも暗いのか…。
こんな山の先に駅などあるのか、そんなことすら疑わしい。
そう思ってしまうほどの黒さだった。
そっと扉を開ける。
冷たい風が一気に吹き込んできた。
明確な日付はわからないが、もう夏も近いはずなのに。
さすが北国の山奥だ。
羽織を掻き合わせ、ぐっと目を凝らす。
前方は墨で塗りつぶしたような光景だ。
駿城の灯りに照らされてようやく認識できるのは、ただひたすら広がる木々だけだ。
澄んだ空気の中で、星々がやさしい光をちらつかせている。
カバネらしき声も、橙色の光も、なにもない。