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忠心 -甲鉄城のカバネリ-

第3章 水


やはりか。
カバネに一噛みされるだけで、もうその人の人生は終わってしまう。
無名や生駒の様に、心を保っていく術もあるが、それでも2人ももう体は人ではない。
なんとあっけない惨劇であろう。

何も言えないでいる俺に、鋭華は無理やり笑って見せた。

「ごめんなさいね、暗い話をしてしまったわね。
姫様のことを思い出すと…今の私の誇りは何だろうと、考えてしまう。
確かにここは平和だわ。
でも…平和しかない。
ここでただ生きていければ幸せ…それはわかってるけれど、時々疑問に思ってしまう。
思い切って外に出て…そして死ぬ、それこそが本当の自由なのかもしれないって。
贅沢な悩みだってわかっているのだけれど。」

贅沢な悩みだ、と切り捨てるには複雑すぎる話だと思った。

実際、顕金駅にいたころ、俺は何度か、いや何度も恐怖した。
俺はこのまま何も知らずに駅の中で死ぬのか、と。
走り去っていく甲鉄城がこれから見ていくのであろう壁の外側。
書物や絵画でしか知らない、日ノ本本来の広大な大地やあふれる緑。
それらが全て空想のままで終わってしまうのか、と。

でも、顕金駅が襲われた日、俺はなんと平和な日々を送っていたのか、と愕然としたものだ。
カバネがいない、それだけでどれだけ恵まれていたのかと。
俺がかつて感じていた恐れなど、どれほど小さなものであったかを思い知らされた。

そんなことを考えて、黙り込む。
そんな俺を、怒ったと勘違いしたようだった。

「無神経だったわね、ごめんなさい。
生きる目的があって、そしてカバネを恐れずに外を旅し続けるあなたがとても羨ましくなったのよ。
でも、あなたも好きで戦っているんじゃないものね。」

気まずさを払拭しようと彼女はまた無理やり笑った。
あまりにも無理やりすぎて、その笑顔はひび割れて隙間から悲しみが零れ落ちてきそうだ。

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