第3章 水
「いや。
決して無神経などではない。
俺はこの駅に来たときに、この駅の民はひたすらに幸せだろう、と羨んだのだ。」
「…隣の芝はなんとやら、ね。」
その通りだ。
この状況では、誰もが自分を一番不幸だと思うだろう。
戦っている者も、ただ閉じこもっているしか選択肢を持たない者も。
しかし、そこには確実に各々しか理解できない深い悲しみがあるのだ。
先ほどよりも冷たさを増した風が木々を揺らし夜空に溶けていく。
彼女の真っ赤な羽織が空気を含んで膨らんだ。
彼女は羽織を慌てて掻き合わせ、また取り繕うように笑う。
「ここは、いつ発つ予定なの?」
「駿城の状況次第だ。
あの損傷だから、だいぶ長くなるとは思うがな。」
「そう。
ならゆっくりとしていくといいわ。
お客さんなんてめったに来ないから、こちらは大歓迎よ。
竹中屋敷のご飯は美味しいから、きっと満足するわ。」
そう言って彼女は立ち止まる。
ここで別れるということか。
「そうか、ありがとう。
久々に心安らげる時間を過ごしている。
偶然たどり着けたこと、感謝している。
ここは、素敵な駅だ。」
互いに駅を取り戻せるといいな、と言いかけてやめた。
豊水は、仮にカバネが消えたとしても、もう再興は不可能だろう。
荒れ果てた土地、全て焼き尽くされた家屋、散らばり錆びた駿城の残骸。
…とてもじゃないが、現実的ではない。
そんな俺の心の迷いも知らず、彼女は笑う。
「ええ。
私も外部の人間と話せて新鮮だったわ。
また会えたら、その時はお話しましょうね。」
彼女は踵を返して歩き始める。
赤い羽織が、歩くたびに揺れている。