第3章 水
「あなたの名前は、来栖…でよかったわよね。
私はえいか。鋭い華って書いて、鋭華。」
なんとも変わった名前だ。
文字も、響きも実際に鋭い印象を与える。
小柄な彼女には少し不釣り合いな気がしたが、親がつけてくれたであろう名前にそんなことを思ってはならない。
「ああ、来栖だ。鋭華、よろしくな。」
「うん、よろしく。私はそろそろ戻ろうと思うけれど、あなたは?このあたりは日が暮れると迷いやすいわよ。
戻るなら今だと思うけれど…。」
日が暮れる、と聞いて上を見ると、確かに太陽が西に落ちかけている。
想像以上に俺はくつろいでいたらしい。
「そうか、俺もそろそろ戻ろうと思う。」
うん、とうなずいて、また彼女は器用に岩から飛び降りた。
一緒に行こう、と言いたげにこちらを振り返って手招きをする。
「行先は竹中屋敷でしょう?
私もその辺に戻るから。
それまで話相手になってくれる?
お客さんが来たのは、私がこの駅に来てから初めてのことよ。
だから少なくとも10年ぶり。」
おどけて彼女は笑ったが、10年という言葉に驚いた。
でも、無理もないのか。
手前の駅は巨大なカバネの巣。
四方を深い山に囲まれたこの駅。
それは外部の人間を寄せ付けないと同時に、内部の人間が外に出られないことも意味していた。