第3章 水
そっかあ…と彼女がつぶやいて、水面をける。
彼女のつま先から水がはじけて、太陽に照らされた。
「私ね、あの駅で生まれたの。」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を返してしまう。
あの駅の住民だったのか。
「今じゃカバネ駅なんて名前がふさわしいわね…言葉通りの終着駅って感じかしら。
あそこはね、豊水っていう駅だったの。
名前の通り大きな川があったから、稲穂が一面広がる素晴らしい豊かな駅だったのよ。
もう10年以上前のお話。」
「とよみ…か。よい名前だったんだな。」
彼女は肯定するように微笑む。
しかし、その笑顔は悲しみをはらんでいた。
「ある日、カバネに乗っ取られた駿城が突っ込んできてね。
あんなに大きくて栄えてた駅なのに、呑み込まれるのは一瞬だった。」
カバネが乗る駿城が突っ込んできた。
俺たちと全く同じではないか。
「顕金もだ。
全く同じで、カバネが乗った駿城が突っ込んできた。
あとは…きっと同じ有様だろう。」
「そうだったのね。
顕金のことは少しだけ聞いたことがあるわ。
今は、とても若い方が領主として頑張っていらっしゃるんでしょう?」
「ああ、それが四方川菖蒲様だ。俺は菖蒲様に護衛としてお仕えしている。」
「そう…菖蒲様。素敵な名前ね。」
にっこりと笑った彼女を見つめながら、豊水という失われた駅の名前を口の中で転がしていた。
豊かな、水。
名前からして、なんてすばらしい駅だったことだろう。
カバネを見たことがある人間が、この駅にいたとは。
そして、あのおぞましい駅が美しかったときを知っている人間がいるとは。