第3章 水
誰かが砂利を踏んで石と石がぶつかり合う音がした。
とっさに身を起こしてあたりを見渡す。
緑で埋め尽くされた景色の中に一点だけインクをこぼしてしまったかのように、そこに女がいた。
突然現れた女に驚く。
小柄な体、真紅の着物。
豊かな緑の中でよく映えている。
そのまま緑に呑まれてしまいそうなほど、小柄だ。
同じ色の羽織で首まですっぽりと隠し、真っ黒な髪が木漏れ日に照らされて光っている。
体全体をこわばらせ、じっとこちらを見つめる真っ黒な瞳にはありありと警戒の色が光っている。
そこまで警戒することだろうか、と思いかけて、治田や竹中のことを思い出した。
来客はほとんどない、と言っていた。
そもそも人気のない森で男が一人佇んでいれば、緊張するのは当然のことなのだ。
第一声をどうしようか、と悩んでいると、先に女が口を開いた。
「…誰?」
川の音にかき消されてしまいそうな小さな声だ。
若干震えたその声から、警戒以上に恐怖が含まれていることに気付く。
早めに安心させなければ、と俺は意を決して口を開いた。
「驚かせてすまない。
顕金駅から来た、九智来栖だ。
今日からこの駅にお邪魔している。」
顕金、と聞いて彼女は考え込んだ。
今彼女の中で日本地図を想像しているに違いない。
必死に記憶の糸を紡ぎ、顕金駅の大体の位置を理解したのだろう、彼女は驚いたように目を丸くした。
「顕金って、西ノ国の…?」