第2章 奥山
「この奥山は、平和な駅だ。こんな山奥にはカバネは来ないのであろう、カバネなど、見たことない。
農業も栄えててな、たくさんのコメや野菜も取れる。
この平和に憧れてな…一時期は多くの人々がここを目指したという。
何分北国は貧しい駅が多かったからな…そなたらも見てきたであろう。」
今まで通ってきた駅を思い出す。
雑草をすりつぶして食べている子供たち。
寒い中、着物を潰して作った薄い布にくるまり震える女。
食料争いで親を家族を失った幼子…。
「しかし、この駅に来る前に一つ大きな廃駅があったであろう?
そこがかなり大きなカバネの住処になってしまってな…。
ここを目指す皆が、そこで力尽きてしまうようになった。
10年ほど前の話だ。」
廃駅、とは先程の駅のことか。
地獄の窯を開いたようなあの駅。
無名と生駒がいても、あんなにも苦戦したのだ。
皆が力尽きるのは無理もない。
「だから…酷く心苦しいが、この駅の情報は外部にほとんど流さないことにした。
これ以上犠牲者を出さないために…最善の選択だと、そう思っているのだが、同じくらい申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ここには平和があるのだから。」
顔をゆがめた竹中の顔は、本当に辛そうだった。
自分たちに助けを求めてきた人たちが、途中で大量に死んでゆく。
助けに行くことは当然できない。
今いる民だけを確実に守るか、助けられるかも知れない人々に
可能性を残すか、苦しい板挟みに苦しんだのだろう。
「だから、来てくださった客は精一杯もてなしたい。市場はもちろん、豊かな自然も楽しんで行ってほしい。
水もうまいから、きっと皆さん安らげることであろう。
食事も寝床も、この館が提供しよう。」
「ありがとうございます、竹中様。
ここで物資の調達と駿城の補修をさせて頂きます。
そして民の食事と寝床も…ありがとうございます。」
菖蒲様はもう一度頭を下げると、立ち上がった。
「温かいお言葉とご援助…心から感謝申し上げます。
それでは、失礼いたします。」
「礼には及ばんよ、当然のことをするまでだ。とにかくゆっくりとしていきたまえ。」
俺がふすまを閉めきるまで、竹中は優しい笑みで俺たちを見送っていた。