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また逢える日まで【進撃の巨人】

第1章 この身朽ちても【クルーガー】



イレーネは睫毛を伏せた。
二、三度瞬きをし、磨いていたグラスをコトンとカウンターへ置く。

「もう、会えないの?」

「そうだな」

「そんなに遠くへ…?」

「マーレは広い」

「そうね…」

さっきまで俺を真っ直ぐに見ていた瞳は、いつまで経ってもカウンターを見下ろしたまま。
潤いを帯びた二つの瞳に、胸の奥がざわついた気がした。

こんな感情がまだ自分に残っていたのか。
あの壁から散々同胞を蹴落とし、指を詰め、皮を剥ぎ、女も子どもも関係なく制裁を与えてきたこの俺が。
人としての感情など、とうに失っていたし捨て去ったものだと思っていた。

それなのに、イレーネの涙ひとつでこんな感覚に陥るとは……あまりにも滑稽だ。


「クルーガーさん、そっちに行ってもいい?」

目元を指先で拭い、ようやく顔を上げるイレーネ。

「ああ」

こちらにやって来たイレーネが、隣に腰を下ろす。
俺の顔を覗きつつ指差す先は、カウンターの上に置いた煙草の箱。

「一本ちょうだい?」

「吸うのか?煙草」

手持ちの煙草を一本渡し、マッチで火を灯してやる。

「…っ!!ゴホッ…!!」

だが吸い込んだと思った途端、イレーネは苦しそうに噎せ返ってしまう。

「まさか初めて吸ったのか?」

「…コホッ、クルーガーさんがいつも吸ってるから、どんな感じなのかなって…」

「馬鹿か。体に悪いだけだ」

「だって。全部覚えていたいんだもの」

「は?」

「クルーガーさんが飲んでいたお酒も、煙草の匂いも味も。いつもこの席に座ってた姿も、ひとつも忘れたくない…」


イレーネが愛するべき男は他にいる。
マーレの人間と結ばれるのが、イレーネにとっての幸せ。
明日朽ちる俺などに囚われるべきではない。


「…忘れろ。そんな価値のある男じゃない」


「私、クルーガーさんのこと…」


「忘れろ。いや、すぐに忘れる。ただの客だろ?」


「………っ…、ごめん…なさ…」


「お前は忘れていい。俺は忘れない」


潤んだ瞳が俺のものと交わった。
溢れた涙が、丸い頬を伝っていく。

「もう…かっこつけ過ぎ…」

「何だそれは」

イレーネが吸い残した煙草を手に取り、肺の奥深くまで送り込む。
僅かに噎せるような感覚がした。
吸い慣れたはずの煙草が、今夜は妙に苦い。


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