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また逢える日まで【進撃の巨人】

第1章 この身朽ちても【クルーガー】



イレーネは自分の思想を語らない女だった。

マーレ人、名誉マーレ人、エルディア人、巨人、戦士、戦士候補生、収容区、腕章、楽園、悪魔の血―――。

生まれてからこの歳になるまで、腐るほど声に出し続けたそれらの言葉。
イレーネといる時だけは、何ひとつ口にせずに済んだ。

酒と煙草と、毒にも薬にもならないような世間話。
俺とイレーネの間にあるのは、それだけ。


忘れてはいけない、忘れられるわけもない。
俺が生きている意味―――。
ただ、頭の片隅にまで追いやることができた。
この女といる時間だけは。

酒場の女店主と、ここに度々訪れるただの客。
ボトルとグラスと灰皿を乗せたカウンターは、二人の距離を隔てるように今夜もここにある。



閉店間近、俺以外の客はいなくなり、その場所は静寂に包まれていた。

想いを解き放てたならどんなに良かっただろう。
エルディア人だとか、マーレ人だとか、人種の壁など越えて愛を囁くことができたなら。
彼女を床に押し倒し、身体が砕けてしまうほどに抱けたなら。

優しくも出来ない。
乱暴にも出来ない。

育ってしまった感情を、心の檻に閉じ込める。
グラスを取り、強めのウイスキーを飲み下した。
二人の間の空白を埋めるため、今度は煙草を吹かす。
勤務後に酒を嗜むのは長年の習慣だ。
場所は自宅だったり、どこかの酒場だったり、此処だったり。

ただひとつ特別なのは、今日この夜に、どうしてもイレーネが必要だったということ。


グリシャを筆頭にしたエルディア復権派の楽園送りは、明日に決まった。
俺の使命を全うする時が来たのだ。
明日の午後。
奴らを乗せた蒸気船に同乗し、全てを抹消したのち、巨人化したグリシャに俺を食わせる。


イレーネと過ごす最後のひと時。
僅かな物思いに耽っている中、彼女は思いがけずこんなことを持ちかけた。


「クルーガーさん、明後日のお祭りで特別に振る舞うお酒があるの。たぶんクルーガーさんの好みに合うと思うんだけど。よかったら飲みに来て?」

「……残念だが、明後日は此処にいない」

「そう…。じゃあ、帰ってきたら…」

「もう、此処へは帰らない。配属先が変わるんだ」

「え…?どこに…?」

「それは…言えない」


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