第3章 100年に一度の贈りもの【モブリット】
調査兵団の本部は、街中からは離れた場所に位置している。
周りに建造物がないため、屋上からは散らばった星空が一望できた。
今夜は天気がいい。
細長い月も幾千の星も、今にもこぼれ落ちてきそうなほどの煌めきだ。
静かにイレーネさんを下ろし、二人で建物の外縁に腰掛ける。
何から切り出そうかとしばし沈黙していたが、先に口を切ったのは彼女の方だった。
「私ね、調査兵団辞めることにしたの」
「…はい。知ってます。ハンジさんから聞きました」
「そっか。立体機動で飛べない兵士じゃ、使い物にならないもんね」
長年調査兵団に身を置いてきたイレーネさん。
強く、聡明で、信念もある。
志半ばで道を絶たれるこの人に、励ましや慰めの言葉など容易く口にできなかった。
ふと、俺の視界にイレーネさんの顔が覗く。
「ちょっと。そんな顔しないでくれる?私、ちゃんと自分がやるべきこと見つけたんだよ?」
「何ですか…?」
「あのね、訓練兵団の教官」
彼女の選択は、思いがけないものだった。
「次世代の兵士たちを育てるのも、立派な役割でしょ?調査兵団での経験は、教育の場で大いに生かせると思うの」
「確かに。そうですね」
「この道を決めたのは、モブリットのおかげでもあるんだよ」
「え?」
「モブリットは覚えていないと思うけど、ずっと前に言ってくれたの。 "イレーネさんの教え方は分かりやすい" って」
そういえば昔、そんなことを言ったような気がする。
そしてそれは、俺が常々思っていることでもあった。
「すごく嬉しかったんだよ。私にも役に立てることがあるんだって実感できた。
だから、私の役割はここ(調査兵団)で終わりじゃない。次へ進もうと思う」
もう未来を見据えて瞳を輝かせる彼女は、あまりにも美しかった。
「イレーネさんは、きっといい教官になります」
「…ありがとう」
二人でまた、夜空を見上げたその時。
ひとつ、ふたつと線を描いて落ちていく星を見つけた。