第3章 100年に一度の贈りもの【モブリット】
その後、イレーネさんとは何日も顔を合わせることはなかった。
謝りたい気持ちがありながらも仕事に追われ、何も言葉を交わせぬまま、調査兵団は壁外調査へと向かった。
滞りなく任務を終え、大きな被害を出すこともなく壁内へ戻る一行。
だがその途中。旧市街で巨人に遭遇したイレーネさんは、討伐の際老朽化した民家の崩落に巻き込まれ、重傷を負う。
幸い命は助かったものの、右脚に後遺症が残り兵士としての復帰は困難だと噂された。
数週間後。
俺はハンジさんから、無情な知らせを聞くことになる。
イレーネさんの、調査兵団退団が決定したのだ。
イレーネさんが退院した日の夜。
俺は "あの日" 以来、久しぶりに彼女の部屋を訪れた。
何年も前から、数え切れないほど訪れたこの場所。
もうすぐあなたは、ここからいなくなる。
ノックのあと、開かれた扉の向こう側で、イレーネさんは驚いたように目を丸くさせた。
「モブリット…」
「足の調子はどうですか?」
「うん、痛みはなくなった。ただ痺れが残ってるから、引きずりながらじゃないと歩けないんだけどね」
「…そうですか」
「ハンジさんに聞いたよ。意識がない間、何度も病院に来てくれたんでしょ?ありがとう」
「いえ、そんな…」
俺の好きな、優しい笑顔。
口ぶりも穏やかな声も、昔からよく知るイレーネさんのものと変わりない。
もっと気落ちしているものだと思っていたから、少しだけホッとした。
もし深刻な空気だったとしたら、連れ出すのを躊躇っていたところだ。
「イレーネさん、少し付き合ってもらえませんか?」
「うん、いいけど…どこへ?」
「屋上です。俺が運びますから」
「や、ちょっ…!」
有無を言わせる隙を与えることなく、イレーネさんを横抱きにする。
「モブリット!大丈夫だってば!歩けるからっ…」
「駄目ですよ。退院したところなんですから。素直に運ばれててください」
イレーネさんの意識がない間、ずっと後悔していた。
恋心とも、ただの男の欲ともとれる曖昧な気持ちをぶつけてしまったこと。
今回の事故―――運が悪ければ、彼女を傷つけたまま永遠に別れてしまうところだった。
今、俺の心に迷いはない。