第3章 an aphrodisiac Valentine.
その声は隣のベンチに腰掛けた女の子からだった。
「え?…あ、いや違うけど」
女の子の表情はとても暗く声色はか細い。
何だか今にも泣き出しそうな顔をしていて。
「君〜…大丈夫?この世の終わりみたいな顔してるけど」
「っ…うう、…迷惑じゃなかったら話聞いてもらえませんか⁉」
「えっ⁉」
途端にボロボロと大粒の涙を落とし始めた彼女にエリナは驚く。
咄嗟にハンカチを鞄から取り出し彼女の手元へ持っていく。
すると真っ赤にラッピングされた可愛いらしい小箱が震える手に包まれていた。
「優しいですね…っ、ありがとうございます…」
「………話聞くよ?」
状況を理解したエリナは優しげに丁寧に彼女へ返事をした。
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いやいや長居し過ぎた…!
エリナは彼女と別れた後、すっかり日の落ちた中、駆け足で船を目指していた。
どうやら一目惚れした彼がいて、お互いにいい感じだったらしくチョコレートをきっかけにして告白しようとした彼女。だが部屋に行ったら彼は別の女と情事の最中だったと言う。
しかも後々発覚した本人妻子持ちというオマケ付。
修羅場と言うのはチョコレートの甘さでもどうにもならなかったようだ。
『なんか話したらすっきりしました!貴女話しやすいから私も止まらなくって…ほんっとにムカつくあの男!二股な上妻子持ちなんて!足臭いクセに!』
とても一度でも惚れた相手なのかと疑いたくなる。
女は切り替えが早いとはよく言ったものだ。
毒づく彼女を思い出しては苦笑いする。
『ま、元気になったなら良かったわ。あ、ハンカチ返さなくていいから』
『え⁉本当にすみません…あ、あの…お詫びじゃないですけど、これ貰ってくれません?』
『へ?』
『贈る相手いないし、勿体無いので。貴女素敵だからきっとあげる人いるでしょ?』
『…いや…うーん、まぁ…』
そんなこんなでエリナの荷物の中にはこっそり貰ったチョコレートが隠されていた。