第1章 はじまりの夜
「………はーい」
手を頭の後ろへ回すと、彼は不機嫌そうに床へと横になった。
「峰岸 凪」
「………は、え?」
ぼそ、っと。
呟かれた言葉は消えることなくあたしの耳まで届き。
窓を閉めて彼の傍らへと、座り込む。
「おねーさんの、名前」
「なんでっ?」
「さぁ、なんででしょう」
なんで?
一語一句間違わず、なんであたしの名前、言えるの。
雨まで当てちゃうし、なんなの、この子。
「ねぇねぇなぎ、ビールおかわり」
「はぁ?」
「おかわり」
「………冷蔵庫、あたしのも」
そんな当たり前におかわり無邪気に要求されちゃったら、さぁ。
もうため息しか出てこないと思うのよ。
変なの、拾っちゃったなぁ。
「だいたいっ!!なんであたしがなんでもかんでも残業しなきゃなんないのっ?」
ダン、と、
力任せにビールをテーブルへと叩きつければ。
缶からビールと一緒に真っ白な泡が右手へと流れ落ちた。
「なぎ、目座ってるよ?」
「何?」
「…………いえ?」
隣でタバコなんか偉そうに咥えちゃってる少年を睨み見れば。彼は大人しく自分のビールへと手を伸ばす。
「あ、俺のタバコ」
「誰の?」
「……あー、うん、俺のじゃ、ないよね」
当たり前じゃない。
山のように空いてるビールもタバコも、もとは全てうちにあったものだ。
あたしのものをあたしが吸って何が悪い。
「なぎ?ねぇなぎ、こんなとこで寝たら風邪引くよ?」
「んー、大丈夫」
「なぎ」
もう動けないもん。
あ、化粧落としてないや。
あーでもやっぱ、無理。
いやいやいや、ダメでしょそれ。
んー。
だめだ。
瞼すら開かない。
でも、化粧だけは。
「……………」
なんて、頭では思いつつも体はすでに充電切れ。
そのまま頭もすぐに電源が完全に落ちるまで、あと5秒。
真っ暗闇へと、落ちてった。