第4章 はじまりの音と雨の予感
「?」
「俺たちこの近くでロケしてたんだよ」
「え?」
「すごい人混みで、逃げるように入ったのがこのビルなの。確かにその時なぎに一目惚れしたのは紅。そのあと、紅になぎを紹介されて、俺も一目惚れした。華も飴も、紅じゃないよ。俺、だけだよ。これに飴入れっぱなしにしてたから、気付かないで落としちゃったのかも」
ヒラヒラヒラ、と見せてくれたのはこのビルの社員証で。
確かに裏には飴が見え隠れしてる。
「なんで?」
「内緒」
「……………っ!!」
なんで部外者が社員証なんて持ってんのよ。
大丈夫なの?
ここのセキュリティっ!!!
「ねぇなぎ」
「何」
甘さを含む声色に。
熱を孕む、視線。
「あのね」
湊の整った顔が近付いて、目の前に影が出来た。
ゆっくりと目を閉じた、瞬間に。
「ごめん俺、戻らなきゃ」
「………はっ?」
「このあとドラマの撮影なの。ごめんなぎ」
この上なく、半端ない羞恥心が一気に頭まで駆け巡った。
「何時になっても俺、必ず行くから!ねぇなぎ、待ってて。『続き』、しよう?」
あーもう。
無理。
顔が上げらんない。
『続き』なんて、知らない。
「ごめんなぎ、俺先行くねっ」
現実へと戻らなきゃいけないのもわかる。
わかる、けど。
ちょっと温度差激しすぎない?
ねぇ。
やっぱり、歳の差はけっこう考え方も温度も。
差があるのかもしれない。
無理だ。
さすがにこれは。
湊がいなくなった薄暗い資料室。
両手で顔を隠しながら、ズルズルと倒れこむしか出来ない。
ヤバイなぁ。
残りの時間。
どんな顔して仕事すればいいの。