第4章 はじまりの音と雨の予感
「…………ねぇなぎ、それって」
驚いたように両目見開いて固まる湊にはお構い無しに、ぐいっと襟元を両手で引き寄せて。
そのままその胸に顔を沈めた。
「ねぇなぎ」
両肩に湊の体温。
駄目。
絶対無理。
今、引き剥がされたらいろいろ不味い。
だから。
胸に顔を埋めたままに顔を左右へとふるけど。
力ではやっぱり、湊のが上。
あたしのささやかな抵抗なんて簡単にねじ伏せるんだこの男は。
両肩に湊の体温を感じたその瞬間に。
あたしの体は引き剥がされて。
目下、醜いあたしの醜態は晒された。
「………なぎ」
「だから、やだって言ったのよ湊のバカ」
「ごめん」
醜態をそのまま晒すわけにもいかずに、せめてもの抵抗に左下へと向けた視線。
だけどそれすらも、湊は許さないのだ。
さっきとは逆に。
今度はあたしの両頬を包み込むように湊の両手が触れると。
少しの力を加えるだけで簡単に上を向いちゃうわけで。
自然と、湊と視線がぶつかる。
「ねぇなぎ、聞きたい。聞かせてよ」
ほっぺたに触れた手のひらはそのままに、湊の親指が、流れ落ちていく涙を拭っていく。
「…………やだ」
「なぎ」
「だってこんなとこじゃやだもん」
本心よ、これ。
忘れてない?
ここ、トイレよ。
しかも男子トイレ。
「あ……」
「もっと違うとこ、行かない」
「賛成」
ふたり、苦笑して。
額をこっつんこ。
「資料整理、頼まれてたよね凪」
トイレから出てすぐに目の前にチャリン、と見せられたキー。
「……梨花?」
壁に寄りかかりながら振り返りもせずに、続ける。
「資料整理」
「あ、うん。ありがとう梨花」
渡されたのは資料室の鍵。
鍵はこれひとつしかない。
「湊、こっち」
「湊!あんたその格好のがかっこいいよ!」