第4章 はじまりの音と雨の予感
深くなる口付けに。
口を開こうとした、瞬間に。
彼は。
湊は、項垂れてまた顔を隠してしまう。
「…………それは、こんなとこに連れ込んだこと?」
下から精一杯背伸び、して。
湊のほっぺたへと両手のひらを、伸ばす。
「………うん」
考え込むように両目が揺れて、だけどすぐに彼もすり寄るように左手へと自分の右手を重ねて。
視線をあたしのそれと、絡めた。
左手は個室の壁へと伸びていて、あたしとの距離をわざととっているようにも見える。
「男子トイレとか、見つかったらあたしどーすんのこれから」
「ごめん、ふたりきりになれるとこ思い付かなくて。でも早くなぎに触れたくて。咄嗟に目に付いたのここなんだもん」
「湊らしーよね」
包み込むように伸ばした掌。
さらに引き寄せて。
その唇に自分のそれを重ねた。
「なぎ」
「ごめん、て、何?」
「………」
「湊」
「………なぎは、なんであんなことしたの?」
ほっぺたに回した両手を引き剥がすようにゆっくりと下へと下ろされれば。
今度は両手が湊のそれと隙間なく絡まった。
「………あたし、思い出したよ」
欲しい解答が得られずに、腑に落ちない表情の湊をまっすぐに見据える。
だってそれはお互い様だ。
「紅くんは、このビルの清掃員だったよね?」
「え?」
「あたし思い出したよ。缶コーヒーあげたのも。あれが紅くんだったことも」
「………」
「あとね、あたし『朝比奈 煌』が出てるドラマも映画も全部見た」
そう。
『全部』、見たよ。
ついでに。
一瞬だけ揺れた瞳も、見逃してないよ、湊。
「あれは途中から、『湊』、だよね」