第1章 はじまりの夜
「そんなに飢えてないから、大丈夫よ」
「………」
彼に向けていた視線をエントランスへと向ければ。
それ以上に彼は何も言ってこなかった。
「………」
コツコツコツとわざとらしく響かせた足音は、エントランスへと確かに向けられたもの。
だけど。
自動ドアをくぐる前に。
何故だかその足取りは、方向を変えた。
「………お姉さん、犬とか猫とか、ほっとけないタイプ?」
段ボールの前で止まったあたしを見上げるように。
彼はそう、やっぱり無表情で告げると。
よいしょ、と。
座っていた腰を上げたのだ。
途端に。
自分よりも大きな身長に、少しだけ後退。
「このマンション、動物飼えないのよ」
「うん」
「一晩だけだからね」
「うん」
相変わらずの無表情。
だけどなんでかな。
少しだけ、笑ったように見えたのは、気のせい?