第3章 いらない、朝
「声、かけようと思ったんだけど、かけられなかった」
『……なぎ、別れてほしいんだ』
『結婚、する。彼女に子供が、出来たんだ。なぎには俺なんかいなくてもひとりでやれるだろ?でも彼女は、駄目なんだよ、俺がいないと』
『……そう』
『凪といても正直、楽しくなさそうで、しんどかった』
『………』
カフェの入り口に立っていたのは、あたしよりもいくつも下の、同じ職場の後輩。
あたしの、下で働く女の子だ。
彼女は確かに、誰が見てもかわいくて。
かわいくて。
あたしは、彼とあの子が並んで窓の外を歩くのを、ただボーっと、見ていただけだった。
なんかもう、悲しいとか悔しいとか。
そんなの全然なくて。
ただもう、何にも考えたくなくて。
『お前はひとりでも』大丈夫なわけじゃない。
彼女は、きっと『俺』じゃなくても大丈夫だよ。
誰かがそばにいれば彼女はきっと、大丈夫だよ。
「ごめんなぎ、嫌なこと思い出させた」
「……もう、終わったことだし、平気。」
「なぎ」
「ほんと大丈夫」
「ねぇなぎ、あの時俺、なぎをストーカーした」
「は?」
「ごめんね、なぎ。なぎのこと知りたくて。家まで後着けてきた」
「湊っ?」
「うんごめん、犯罪だよね」
しゅん、と項垂れる湊に。
何故だか怒る気にはなれなくて。
「もういいよ」
一言だけ呟いた言葉と、思い出した疑問。
「あの時あたしの名前っ」
「うん、当てたんじゃなくて知ってたの」