第3章 いらない、朝
「え」
「そー言って、缶コーヒーあげたの、覚えてない?」
缶、コーヒー。
「ごめん」
覚えてない。
「だと思った。なぎ、人に親切にしてる自覚ないもんね、いつも。なぎにとっては極自然だから。いちいち覚えてないよね」
「………」
皮肉?
純粋に、あたし褒められてる?
たぶんそんなあたしの思考はがっつりと顔にも現れていたようで。
湊は苦笑しながら、言ったんだ。
「褒めてるんだよ」
って。
「紅ね、なぎの言う通り喘息の診断ついたばっかで、あの時。吸入器、忘れちゃっててさ。電話もらってあわてて俺が行ったの、缶コーヒー貰った後でさ。連日連夜のハードスケジュールで、極度の緊張続いてて、アドレナリンたくさん出ちゃったんだよね、きっと。だからなぎに優しくされて、あいつなんかホッとしたみたいで」
湊の視線はあたしを向いてるのに。
なんでかな、焦点が合わない。
湊、誰見てるの?
「それからずっと、なぎのこと探したんだ。ずっとずっと、探して。やっと半年前に、見つけたんだよなぎのこと」
半年、前。
「うん。なぎが婚約者と別れた頃だよ」
「え」
「ごめんね、あの時俺『たち』、あのカフェにいたんだ」
「え?」
合わなかった焦点が、ゆっくりと定まって。
あたしと視線を合わせた湊は、もう十分すぎるくらいに大人びていて。
ぴったり伸びる長い耳も、いっつもフリフリしてるしっぽも。
今は完全にその成りをひそめている。