第2章 真っ昼間のにわか雨
「あ、浴衣」
真っ黒な布地に蝶々とバラの華が描かれたラメ入りの、今年新調したばかりの浴衣。
帯はやっぱり紫かな、それとも淡いラメ入りの赤かな、とかとか、考えること1時間。
リビングでテレビを見ていた湊が、しびれをきらして寝室のドアを開けた。
「立ち入り禁止」
「だってなぎ、なかなか出てこないんだもん。それより浴衣?どこ行くの?お祭り?」
人の話を聞かない今時の若者らしく、彼は簡単に受け流すと人のベッドへとその腰を下ろした。
じと、っと睨む視線はしれっと受け流し、彼は爛々と瞳を輝かせながら鏡をのぞきこむ。
はぁ、っと。
諦めのため息ひとつ。
鏡の中、視線を合わせてくる彼に向かって意見を求めた。
「どっち?」
「うーん、俺は赤い方が好きだけど、なぎは紫のが似合うね。大人っぽい」
「なにそれ、どーせ若くないですけど」
「そんなこと言ってないよ、なぎは何着ても綺麗だよ?紫の方が、なぎの綺麗さが引き立つって言ったんだよ」
「…………言い訳っぽい」
「ええ?なんて言えばいいの?だってなぎ、綺麗だもん!綺麗な人に綺麗って言うと言い訳になるなら……うーん」
本気で悩み始めた湊に、何故だか本気で笑えてきた。
可笑しくて仕方ない。
別にそんなたいしたことはないんだけど、なんだろ、楽しくて可笑しくて、バカみたいに笑えた。
「なぎ?」
「………湊は、いい子だね」
座ったままの湊の頭を、笑いながらポンポンと、撫でていく。
「………」
「じゃー、紫にしよっかな」
部屋着の上から羽織るだけだった浴衣を脱いで、紫の帯とハンガーへとかけようと、手を伸ばした瞬間。
右手を力強く引っ張られ、視界がいきなり反転した。