第1章 はじまりの夜
「あれ、珍しいですね、寝不足?」
「まぁね」
「どーしたんですかぁ?」
寝不足イコールやることひとつ、みたいな若い子の考えにはほんと、ついていけないわ。
まぁ、そのとーりっちゃぁそのとーりなのだけど。
「海外ドラマ、見てたら朝だったのよ」
「なるほど」
何よ、その納得しちゃった顔は。
この子、あたしをなんだと思ってんのよ。
あたしどれだけ寂しい人間なのよ。
あーもう。
愚痴しかでてこないわ、全く。
「今日も残業ですか?」
「まぁね」
「お先でーす」
「はい、お疲れさま」
なんとなく帰る気にもなれなくて。
なんとなくした残業。
こんなときは大抵、早く終わるのよ。
「はぁ……」
7時前。
帰るか。
まだいるのかな、あの子。
いやでも、一晩、って言ったし昨日。
ああ、重い。
とんでもなく、足が重い。
ため息をそれこそ1秒に1回、つまり100回以上幸せを全力で逃しながら帰った重い道のり。
見上げたマンションは、自分の部屋の明かりは完全に真っ暗で。
逃した幸せを取り戻すようにるんるんとエレベーターを上がること、数秒。
ガチャリ、と。
何の気なしに開けた玄関の向こうからは、脱兎の如く何かが抱きついてきた。
「お腹すいたーっ」
「は?」
なんで?
フリーズ、するよ?
するよフリーズ。
なんならそのまま氷づけだよ?
「なんでいんのっ?」