第39章 時をかける
「一緒にいてくれないか。」
「…え?」
「今度こそ死ぬまでお前の傍にいたい…いてほしい。……結婚してくれ。」
水面にできた月光の道の延長線上には、二人の姿があった。
青白い光に照らされたリヴァイを見たまま、エマの時間は止まる。
呼吸も、まばたきも、指先に通る毛細血管の流れも、その血流を作り出す心臓さえも止まったような感覚。
でも、不思議なのは波の音だけはよく聞こえていること。己の耳だけは正常に時を刻み、いつも通り周囲の音をエマに伝え続けている。
どれくらい止まったのだろう。10分?1分?はたまた1秒にも満たないくらいの一瞬?
時間の感覚さえも分からなくなるほど、エマの意識は宙を漂っていた。
けれど、ふと頬を何かが伝った感覚に我に返った。
ゆっくり瞼を閉じて開けて、大粒のそれがボタ、と眼から落ちた瞬間、止まった時間が動き出したようにまた全身に血が巡り始めた。
「……っ!」
何か言いたい。けど言葉にならない。一文字も。
ヒュッと息を吸う音だけがいやに耳について、でも咽び泣いてしまうのを止められない。
「おい…そりゃどういう涙だ…」
リヴァイが不安そうに覗き込んでくる。
決して悪い意味じゃないんだと必死に首を振りながら、言わなきゃ伝わらないとエマは言葉を紡ごうとした。
「っ……いだ、い゛…わだじもっ…」
なんて不格好な返事なんだと、言いながらどこかで冷静な自分がツッコミをいれている。
でもこれが今のエマにできる最大の返事。
涙で滲み、黒い背景と混ざってしまったリヴァイの顔をなんとか見据えて。
一瞬間があって、“ハッ”と小さく吹き出す声がした。
リヴァイが笑っている。視界がぐちゃぐちゃでも、それははっきり分かった。
「てめぇなんて面だ…そりゃあ…」
呆れたように、でもどこか嬉しそうに言いながら、無骨な指が優しく涙を拭った。
エマは泣き顔を歪ませ、お世辞にも可愛いとは言えない笑顔をリヴァイへ向けた。