第39章 時をかける
幾百年の時を超え、ようやく掴み取った揺るがない幸せ。
「何度だって探してやる。いや違うな…」
——もう二度と離さねぇ
目尻に残った涙がきらり、星粒のように輝く。
大人びた彼女が見せたのは、あどけない少女のようなあの頃の笑い顔。
——言われなくても、鬱陶しいと思うくらい傍にいるつもりですから
顔の皺がさらにくしゃくしゃに寄る。
無邪気な笑顔。大好きな笑顔。
再び重なる唇。どちらからともなく、重なる運命だと決まっていたかのように。
抱き合って、心臓が重なって、鼓動はひとつになった。
互いに分厚いコートを着ているはずなのにあたたかい。
体温以外の別のものが、一番内側の心をあたためてくれているからだ。
二人をあたためているのは愛だ。
人が人を想い、慈しむ気持ち。
「愛してる」
決して目には見えないけれど、双方を想い合う気持ちがあればそこに確かに存在する。
伝えようとすれば、受け取ろうとしさえすれば、愛はちゃんと実感できるのだ。
月日は流れ、エマの28回目の誕生日。
この日エマは、織りたての絹のように真っ白な布に身を包み、美しく施してもらっていた。
——コンコン
「みえましたよ」
「緊張する…」
「ふふふ、彼はもっと緊張していると思いますよ?」
椅子から立ち上がり、重い裾を持ち上げて足を踏みだす。つまずいてしまぬよう慎重に。
「どうぞ」
心臓が口から出そうだ。でも、扉の向こうからも同じくらいの緊張が伝わってくる。
けれどドアが開き目が合った瞬間、強ばった表情はウソみたいに綻んだ。
「へへ……どう、ですか?」
「悪くないな。」
エマはとびきりの笑顔を返した。
間髪入れずに貰えた、彼の最上級の褒め言葉が嬉しくてたまらなくて。
それから一言二言話したけれどエマはよく覚えていない。
ただただ夢見心地で、現実味がなくて。けれど。
「行くぞ」
差し出された手に触れれば、感触や温度は驚くほど鮮明で。
「はい」
エマはその手を取り、握った。
もう二度と離れてしまわぬよう、願いを込めて。
時をかける—— fin.