第39章 時をかける
倒れていた場所は“元の世界”の井戸の前。
部屋のクローゼットの中でもない。でも目を覚ました場所がどこかなんてもうどうだっていい。
私は故郷へ戻った。
そしてそれは、リヴァイさんとの“本当の別れ”を意味した。
しばらくは空洞のような毎日だった。
何もしたくなかったけれど、時は知らんぷりして進んでいく。
一人立ち止まったままではいられず、こなすしかなかった。
朝起きて、学校へ行き友達とお喋りして、受験生だから図書館で勉強して、たまに遊んで、家に帰って、家族とご飯を食べて寝る。
何も難しいことじゃない。少し前まで当たり前に過ごしてきた毎日を、また当たり前に過ごしていくだけのこと。
そう言い聞かせて、悲しみに沈んだ心をなんとか奮い立たせて。
そんな日々を繰り返す中で、私は毎日できるだけ思い出すようにした。
自由の双翼が描かれた外套は部屋の壁に貼って眺めたし、リヴァイさんから貰ったネックレスは肌身離さずつけた。
あの世界で出会った人達の顔を思い出して、どんな会話をしたか、どんなことをしたかを思い出して。
毎晩ベッドの中で目蓋の裏に愛する人の顔を映して、頭の中で大好きな声を何度も再生させて。
いつか老婆が言っていた、“異世界へ旅立った者は現世の記憶を失くした”という話。
私はその話を信じていた。
だってリヴァイさんの世界にいた時、親友の名前を思い出せなくなったから。
いつかはあの世界の記憶が朽ちる。
それはある意味、リヴァイさんと離れ離れになったことよりも辛い。
だって思い出ごと、彼の存在ごと忘れてしまうのだから。
そんなの、考えただけで耐えられなかった。
だからできるだけ努力した。
精一杯 記憶を掴んで離さまいと、もがいたつもりだった。
だけど。
「そういえばエマ、ずっとこのネックレスしてるよね?彼氏でもいるの?」
「違う違う!高校の頃なんて付き合うどころか片思いすら。だから大学ではちゃんと恋愛したいなーなんて。」
あれから僅か半年たったある日の朝、思い出は丸ごと、跡形もなく消えていた。
忘れたことにも気づかないくらい、キレイさっぱりと。