第39章 時をかける
ペロ、ペロ…
……?
突然、頬を這うザラリとした感触。
奇妙な感覚に私は重い瞼を開けた。
「ニャア」
真っ黒な毛をした猫と目が合う。
艶やかな黒毛と鋭い目つき。どこかで見たことある気がするけれど、いつどこで見たんだっけ?
「……?!」
次の瞬間、私は意識を覚醒させると同時に飛び起きた。
朱色に染まる景色、カラスの鳴く声、ここは…
立ち上がってあちこち見渡す。
どれもこれも“懐かしい”景色ばかりで、周りに自分以外誰もいない。
そう、“誰も”。
「リヴァイ…さん…?」
夕焼けに声が溶けていく。名前を呼びながら鼻の奥がツンと痛んだ。
あっという間に景色が滲む。
「リヴァイさん…リヴァイさん…!!リヴァイさんっ!!!」
私は叫んだ。
まるでどこかに隠れている彼を探すように。
「ッ!!」
井戸に手をかけて中を覗き込んでも、黒い空洞は空洞でしかなくて、前に感じたはずの引力のようなものも感じない。
零れた雫が暗い穴の中に消えていく。
「ひゃっ!!……君…」
ふと足をふわりと何かが撫で、見るとさっきの猫が足にすり寄っていた。
流れる涙を腕でゴシゴシ擦ってしゃがみ込む。
「……帰って、きちゃったんだね………これで、よかったんだよね……」
何も知らない小さな瞳に語りかけるように問う。
もちろん返事は返ってこないけれど、その代わりにまた足に頬を擦り付けてきた。もしかしたらこの子なりの優しさなのだろうか。
「慰めてくれてるの…?」
小さな頭を撫でた掌を見る。
まだ、彼の温もりがそこに残っているような錯覚。
最後まで繋いでいてくれた手の温もり。
指が順に解かれ、最後のひとつが離れた瞬間、私は真っ暗に吸い込まれた。
「愛してる」
最後の最後でそう伝えてくれた彼の優しい顔が、頭にこびりついて離れない。
逢いたい。でももういない。どこにも。
……やだ、待って。こんなの嫌。
やっぱり逢いたい、逢いたいよ、
リヴァイ、さん………
自分で自分を抱きしめるように蹲った。
張り裂けそうな胸…いっそのこと裂けてしまえばいいのに。
悲しみの波は引くことなく押し寄せ続けて、私を丸ごと呑み込んでいった。