第39章 時をかける
それからさらに2ヶ月、夏の面影を残しながら季節は次へと移ろい始めた頃。
エマと毎朝一緒に通勤するだけ、という奇妙な関係はまだ続いていた。
リヴァイの心をあの真夏の朝に置いてけぼりにしたまま、僅かずつ流れていった時間。
未だにエマには何も言えていない。
そして記憶も戻らない。
何度も言おうとした。
自分とエマは過去に愛し合っていたと、全てを話そうと。
だがやっぱり出来なかった。そんなのはもはやエゴでしかないからだ。
胸はずっと苦しい。何かをしていないとエマのことばかり考えておかしくなりそうなのは日増しに酷くなった。
けれど二人でいる時だけはマシになる。こんな関係でも満たされている。
女々しいと思うが、自分の意思じゃどうすることもできない。
恋焦がれ張り裂けそうな心を癒してくれるのは、他でもないエマしかいなかったのだ。
こうして、結局自分はエマから身を引けずにいる。
「朝晩涼しくなってきたな」
「そうですね」
葉を揺らす風は少し冷気を含むようになり、肌を撫でると気持ちがいい。
そんな清々しい朝の通りを今日も二人は歩く。リヴァイの落ち着かない心は拠り所を得たように安心する。
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない滑稽な自分。
しかし、いつもと違ったことがひとつ。
「どうした?元気ねぇじゃねぇか」
なんとなく浮かない顔をしているエマ。
“え、そうですか?”と本人はとぼけていたが、毎朝顔を合わせていれば些細な変化などすぐに分かる。
大輪のひまわりのような笑顔も今日は一度も見ていない。
「なんとなくそんな気がした。何かあったのか?」
リヴァイが訊くと大きな瞳がこちらを向く。エマは口篭っていた。
「言いにくいことなら無理して話す必要は」
「アッカーマンさん…」
街路樹の影に差し掛かったところで足が止まる。
涼しい風がひゅうと吹き、彼女の髪が頬にかかった。
それを払いもせず見せたのは真剣な顔。
デジャヴのような光景は一瞬 リヴァイの意識を浮遊させた。
「今日…会社休んでくれませんか?」
彼女は言った。表情を崩さぬまま、はっきりと。
動きを止めたリヴァイにもう一度。
「一緒に来てほしい所があるんです…お願いします!」